
こんにちは😀栗オネくん(@kurionekun461)です。
たくさんのブログがある中、当ブログへ今日もお越くださり誠にありがとうございます💙

栗オネくん😊については、以下の通りです
米菓のせんべいとお菓子ってどうやってできるの?いつ頃できたの?どうちがうの?など
米菓についての疑問や質問にお答えします。
おいしいお菓子を買って食べている方々の顔を想像し責任を持って記事にしていきます。
是非、記事の最後までおつき合いください。
また、各メーカー様のご協力により深堀りをしていくことが出来ますことをこの場をお借りし御礼申し上げます。
以下メーカー様の敬称は略させて頂きます。
この記事を読むメリット

本記事をお読みいただければ、お菓子の事全般や太るお菓子の事や太らない食べ方などをを詳しく理解できるようになり、毎日鏡の前で悩まず健康的に無理せずストレスフリーでお菓子を食べていくことができます!
お菓子の重要な役割
- お子様は、野菜が苦手で食べられないという方多いのではないでしょうか。
-
小さなお子様には好き嫌いがつきものです。
- お菓子にはいろんな栄養素が含まれています
-
今、販売されているお菓子にはミネラル、ビタミン、などの多くの栄養素が含まれています。それは多くの企業様が食育という分野に積極的に取り組みをしているからです。
ですから、お子様の栄養補給にお菓子は最適なアイテムです。
- 甘いお菓子は脳に栄養素や血液を運ぶ働きがあります
-
脳が働くにはブドウ糖は不可欠です。1時間に5gを必要とします。ラムネのようなタブレット類は最適なお菓子です。特に受験生は必携ですね。
この記事を読み終えると以下のことがよくわかるようになります。
- 発売されたお菓子の売れ行きや動向がわかる
- 季節によってどの商品が売れているか人気なのかクエスト(発見)できる
- 太らない食べ方をいろんな記事内に散りばめているので上手な食べ方が身につく
- とにかく太ったらどうしようと思うストレスから少しでも解放される!
せんべいの歴史・起源
せんべいの起源と言われるものはかの有名な空海が唐から持ち帰ったと言われています。
時代 | 西暦 | 年号 | せんべいの起源 |
---|---|---|---|
平安時代 | 806年 | 大同元年 | 空海、唐国から煎餅の製法を伝える。 |
それでは詳しく見ていきましょう。
せんべいの起源
せんべいの起源は実に古く、千数百年前といわれています。
元来、日本ではもち、うるちを問わず米を蒸したものを「飯」と呼び、
今の「強飯」(読み方:こわいい、こわめし)でこれが昔の常食でした。
これを搗(つ)き潰したものをもち(餅)と言いました。
餅には生餅と、乾餅があり、乾餅は別名「堅餅」とも呼ばれ、
焼いて食べる保存食として重宝がられました。

その為、戦陣に携行する兵糧でもありましたが、後世この中に豆や胡麻をついて入れたり、
塩味をつける製法が好まれました。これが「塩堅餅」で、これを焼いたものが後の「塩せんべい」で、草加せんべいの源流となっていきます。
江戸時代のせんべいの変遷
草加せんべいは本来この「塩せんべい」ですが、江戸時代、利根川沿岸で醤油が造られるようになると、
焼せんべいに醤油を塗るようになりました。
草加ではもっぱらこの醤油せんべいが売れるので、従来の塩せんべいは醤油せんべいに代わりました。
名前は古くからの塩せんべいと言われ続けてきました。

醤油塗りの焼きせんべいが日光街道「草加」の名物になった理由
- 良質の米が獲れ、また良質の水と良質の醤油が身近にあった
- 長い伝統により熟練された製造方法で造られた
- 長い日光街道の間食としても好まれ値段も手ごろで軽量であった
あられの歴史・起源
太古から伝わる伝統食品
その歴史は古く奈良時代の700年頃には、大宝令により宮中の大膳職(※注)に主菓餅という職務がおかれていました。このことが史実としてあり、古来の風習で賀儀の際にもちを神に供していたと考えられています。
(※注)
大膳職(だいぜんしき/おお菓子わでのつかさ)は、日本の律令制において宮内省に属する官司。朝廷において臣下に対する饗膳を供する機関である。
ウィキペディア
そして、祭典の終わったあとにそのもちを割り、土皿で培って食べた。
これが『あられ』の始まりだと言われ、このあられは主として関西を中心に発達してきています。
- 米から作ったお餅やご飯の食べ残りの処理をどうするか。
- 災害時、狩猟、旅、などのときの携帯用食料をどうするか。

極めて自然発生的に長い時間をかけ生まれてきたものが米菓の原型であり保存食であったと考えられます。
昭和の時代でもの名残りは地方の米作農家に色濃く残る

それらの農家には、必ずといってよいほどよく乾燥したもち生地がさいの目に切られて保存されており、それを網で焼き、醤油で味付けしてお茶受けにだすという風習が定着していました。
こうした事実から米菓というものはごく少数の例外を除いては、まず保存用の家庭菓子として発生したものとの見方ができる。

米どころに大きな米菓メーカーがある理由はこういうことなのでしょう。

まだまだ続きます!
かきもちの歴史・起源

「おかき」(御欠)は 、もともと「かきもち」(欠き餅)の(注2)女房詞(女房言葉)が起源と言われています。
(注2)
女房言葉(にょうぼうことば、女房詞)とは、室町時代初期頃から宮中や院に仕える女房が使い始め、その一部は現在でも用いられる隠語的な言葉である。語頭に「お」を付けて丁寧さをあらわすものや、語の最後に「もじ」を付けて婉曲的に表現する文字詞()などがある。女中詞(じょちゅうことば)とも。
引用:ウィキペディア
「かきもち」 の起源は何?
古来より日本の信仰では、生活を取り巻くあらゆる物に神様が宿るとされてきました。
1月11日に取り下げた鏡餅を分配するとき、神様の祝福に刃を向けることになると考えられた為、鏡餅を刃物で切りわけることは忌み慎まれました。

このため鏡餅は手で欠いて、子供の手のひらほどの大きさの小さな餅片にして分配されました。
この手で欠いた餅片を乾燥して保存食にしたものを、「手で欠いた餅」ということで「かきもち」と呼ばれるようになりました。この餅はこのままでは固くて食べられないので、通常はあぶって焼いてから食べていました。その為、この固く乾燥した「かきもち」をあぶり焼いたものを「かきもち」と言うようになりました。
米菓の種類と原料
せんべいの原料・・・うるち米・小麦粉・海老粉等
「せんべい」は和菓子の分類で、(注3)干菓子(ひがし)の中の焼き菓子の一種を指します。
(注3)
干菓子(ひがし)または乾菓子(ひがし)は、水分の少ない乾燥した和菓子の総称。
引用:ウィキペディア
小麦粉または粳粉を主原料として型に入れて焼くか、型に抜いてから薄く焼いたものの総称です。
小麦粉を主原料とするものと、米粉を主原料とし「米菓」に分類されるものに分かれます。
あられ・おかきの原料・・・もち米
米菓の区分
米菓をわかりやすく区分
せんべい
原料はうるち米を用いる。
あられ
原料はうるち米を用いる。小さくて一口で食べられる。
おかき
原料にはもち米を用いる。大きくて一口で食べられない。
せんべいの製造工程
せんべい(うるち米使用)の製造工程














米菓の種類
米菓のサブカテゴリは?
【せんべい】のカテゴリ分けは図のようになります。

餅商品の種類
米菓のサブカテゴリは?
【あられ・かきもち】のカテゴリ分けは図のようになります。

【米菓】せんべい おかきができるまでのまとめ
【おせんべい】はうるち米からでき、【あられ・かきもち】はもち米から出来ていることがわかりました。
実は、干菓子(注3)のように米菓子と思って食べているお菓子が米菓子ではない商品もあったりします。
実は小麦粉から出来ているものも多くあります。
国産米を100%使用したせんべいの詰合せ。加賀友禅をモチーフにした色鮮やかなパッケージが、贈る心を彩ります。
また、その違いについてもご紹介していく予定です。
この記事は三幸製菓様のご担当の方よりお伺いした話と資料をもとに作成をしました。ご協力ありがとうございました。
この記事は三幸製菓様のご担当の方よりお伺いした話と【米菓入門】という資料をもとに作成をしました。ご協力ありがとうございました。
引用元:三幸製菓株式会社
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また、別の記事でお会いできれば幸いです。
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